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歴史あるエリア情報 第八弾 七福神巡り (06/08/30)  
七福神巡りの5番目の品川寺に行ってきました。
場所は青物横丁駅の裏手になります。駅より徒歩3分位の距離です。
旧東海道を立会川の方に向いますと右手に品川寺の門があります。
門をくぐりますと左手に大仏様(?)がございますので手を合わせて拝みましょう。
中ほどに進みますと右手に本堂がございます。品川寺は厄除け、難除け、財産をもたらす神としても有名ですので
ぜひとも、立ち寄ってください。

歴史あるエリア情報 第七弾 旧東海道 (06/08/05)  

旧東海道の話
さて、今回はすこし七福神巡りを休憩して、旧東海道の写真を撮ってきました。

先日に行ってきました荏原神社より旧東海道を青物横丁方面に歩いていきますと、
まずは目黒川が流れている品川橋を渡ります。
江戸時代には色々な方が横断して品川宿などに立ち寄るときに通る道です

歴史あるエリア情報 第六弾 七福神巡り (06/06/28)  

荏原神社
今回は東海七福神巡りの4箇所目の荏原神社をご紹介いたします。
場所は第一京浜と山手通りが交差する所に目黒川が流れておりますが、旧東海道よりに歩いていただくと3分位で神社へ到着いたします。
荏原神社では毎年、創建祭である貴布禰j祭が6月には都内唯一の御神面神興海中渡御が行われる天皇祭が、そして11月には、大酉祭が行われます。
明治天皇と荏原神社について
恵比須さま

歴史あるエリア情報 第五弾 七福神巡り (06/06/04) 



養願寺
今回は、七福神巡りの2箇所目の養願寺と3箇所目の一心寺に行ってきました。
場所は品川神社から第一京浜を渡り、旧東海道から裏道に少し入った所に養願寺があり、旧東海道を隔てて向かい側に一心寺があります。どちらもすぐ近くにありますので一緒にお参りをしたほうが良いです。
養願寺は正安元年の創建と伝えられ,天台宗明鏡山善光院養願寺と号し,御本尊は虚空蔵菩薩を安置され,丑寅年生れの守本尊です。本堂内陣に鎌倉時代制作善光寺式分身阿弥陀如来三尊が祀られ布袋尊が安置されています
一心寺は1855年、山村一心によって成田山分身の不動明王を本尊として洲崎弁天境内に堂を建て安置したのが始まりという。
昔より延命・商売の守りといわれ東海七福神の寿老人に指定されている
一心寺
一心寺の由来

歴史あるエリア情報 第四弾 品川神社 (06/05/22)  

品川神社の由来は、後鳥羽天皇の御世、文治三年(1187)に、源頼朝が海上交通安全と、祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である、天比理乃当スを勧請して、品川大明神と称しました。
後醍醐天皇の御世(1319年)に、当国の守護職二階堂出羽入道道蘊、(貞藤と云い北條高時の臣、鎌倉に二階堂と云う地名があるそこに住していた)宇賀之売命を勧請し社殿等を再建し社地を吉端岡と名付けられました。
永享四年正清入道幸純社殿等を再建しました。(幸純は道蘊の子孫なること南品川海晏寺に詳かなり)、文明十年六月太田道灌、素蓋鳴尊を勧請し、慶長五年徳川家康関ケ原の戦に出陣の折神前にて祈願し太々神楽を奏し、後神輿、假面等奉納されました。
寛永十四年將軍家光の命により東海寺鎭守と定められてから幕府の御修復所となり、元縁七年將軍綱吉社殿等再建、嘉永四年將軍家慶社殿再建されました。
明治元年准勅祭神社に定められ、大正十三年京浜国道開通にともない境内地の一部用地となりました。
昭和七年九月新束京八名勝選定の折第三位となる。現社殿は昭和三十九年十月杜務所と共に島本正一氏他氏子の協力により再建され、北品川、東五反田の一部、南品川の一部の鎭守として敬われ親しまれています。

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